みなさんの記憶に新しいのは昨年の風疹大流行です。今年は風疹の流行は下火で逆に麻疹が流行しているといわれていますね。麻疹の大流行が起きたのは 2007 – 2008 年のことです。首都圏の大学が休校になったりと実は昨年の風疹以上に社会的な影響が大きかったのです。あのとき立てた 2012 年の排除目標はどうなったのでしょうか?
実は、2013 年秋に「国内では排除状態」として厚生労働省研究班が報告書をまとめ WHO の専門家会議に提出したのですが 2014 年 3 月の会議で却下されていたのです(「はしか排除」 日本認定されず, NHK)。日本は中国やベトナムなどを含む西太平洋地域(WPR; Western Pacific Region)に属していますが、同時期に認定を求めていたオーストラリア、マカオ(中国)、モンゴル、韓国は麻疹排除国として認定されました(Four Western Pacific countries and areas are the first in their Region to be measles-free, WPRO)。
麻疹は毎年 2,000 万人以上の人々の感染があり、発展途上国で貧しい子供達の命をおびやかし続けています。医療へのアクセスが無きに等しく、またこどもたちの栄養状態も悪いため麻疹が死に直結します。家庭の経済への影響も深刻で「エチオピアの家庭では、一人の子供が麻疹にかかると一月分の収入を失ってしまう」とのことです(2014 Fact Sheet, Measles & Rubella Initiative)。
日本でも江戸時代に麻疹の大流行が起きて「麻疹は命定め」といわれていた時代がありました(人と薬のあゆみ-はしか・はしか絵, (株)エーザイ)。今は衛生状態がよいので麻疹で死ぬこどもの数は減っていますが、ゼロではありません。麻疹にかかってから数年後に重い後遺症が生じることもあります(SSPE; 亜急性硬化性全脳炎)。
風疹は、それ自体は麻疹に比べて軽いので軽視されがちです。しかし CRS の問題があります。母子感染により CRS をもって生まれてくるこどもの数は毎年 10 万人と推定されています。CRS が原因の早産や心臓病などによって命を落とすこどもたちも少なくないでしょう。昨年の流行のときにはほとんどの医師が CRS の診療経験をもっておらず乳児検診担当医に注意喚起が必要という報道もあり珍しい病気であるという印象を持った方も多いと思いますが、そうではありません。
ベトナムは風疹ワクチンの定期接種が行われていない国で 2004 年から 2011 年の間に CRS が 3,500 例報告されました。そのほとんどは 2011 年の大流行によるものと思われます。ベトナムをはじめとする発展途上国では、 CRS に限らず障害や病気をもつこどもたちが満足な治療や療育を受けられずにいたり、病院や施設に置き去りにされてしまったりすることは珍しくありません。今年 9 月には麻疹風疹ワクチン接種の大規模キャンペーンが実施される見通しです(Vietnam to start giving measles-rubella vaccination to 23mn children in September, TUOITRENEWS)。
わが国では 2020 年をメドに風疹の排除をという目標が設定されましたが、2020 年まであと 6 年あるしとのんびり構えているわけにはいきません。WPR 地域内では 2015 年までに風疹の発生を人口 100 万人あたり 10 例未満に減少させること、また CRS の発生が出生児 100 万人あたり 10 例未満に減少させることが望ましいとされているからです(Rubella and Congenital Rubella Syndrome (CRS), WPRO)。2013 年規模での風疹流行を今後繰り返せば日本はいったい何をしているんだと非難を受けることになるでしょう。
麻疹も風疹は小さいこどもの命を奪うウイルスです。わが国は安全な食べ物や飲み物があり医療レベルも高いのでワクチンなんか打たなくても普段から体力をつけておけば大丈夫だと主張する人もいます。しかし途上国のこどもには軽くすむといわれている風疹ですら命取りになります。そういった国々に麻疹や風疹を輸出しないよう先進国として確実に排除計画を達成せねばならないのです。