わたしが風疹症候群で生まれた体験を書き続ける理由

年末に読売新聞の医療ルネサンスで紹介していただきました。紙面のほうと有料記事になりますがウェブのほうにも掲載されています。

【子どもを守る】逆境の先に(1)風疹で障害 体験を発信 : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)

 この夏、流行が始まった風疹は、感染の拡大が続く。5年前の大流行を思い起こさせる勢いだ。
「流行は今回で最後にしたい」。横浜市の会社員、風見サクラコさん(ペンネーム)(29)はそう決意し、風疹撲滅をめざしてネット上で情報発信している。
生後すぐ、白内障や難聴がわかり、先天性風疹症候群(CRS)と診断された。胎児のときに母が風疹にかかったのが原因だ。0歳で目の水晶体を摘出し、補聴器をつけた。

風疹についてツイッターやブログでしつこく書き続けているのにはわけがあります。

ワクチンの予防効果は見えづらいものです。流行が起きていたときのことはあっという間に忘れ去られてしまいます。2013年の大流行ですらそうなのですから、かつて大きな流行が繰り返されていたことすら知らない人もいるかもしれません。

「子どものころは風疹などの感染症が当たり前のように流行っていて、自然に免疫をつけることができた。今はワクチンがあるおかげで終生免疫を得られなくなった。」という主張もあります。

本当に昔のほうがよかったのでしょうか?人工の毒を体にいれるなんてとんでもない、自然が一番、本当にそれでよいのでしょうか?

昔は聞いたことがなかったという人もいるかもしれませんが、先天性風しん症候群で障害を持つこどもが生まれることは、私が生まれる前、30年以上前から問題になっています。当時ニュースでも報道されていました。

ワクチンによる健康被害は実際に発生し、統計学的に100万分の1であっても苦しみをかかえて生きていかなければいけないという人たちがいるのは事実です。

しかし、風しんワクチンが開発されたのは、増え続ける人口を減らしたいとか、製薬会社がボロ儲けしたいからではありません。風疹で亡くなる子どもや障害を持つ子どもを減らすためにワクチンが開発されたのです。ワクチンがなかったら今どんな状態になっているか想像してみてください。

1965年、沖縄で風疹が大流行し風疹症候群で生まれた子どもたちが甲子園を目指す実話があります。この頃風しんワクチンはまだなく、風疹を防ぐすべはありませんでした。本土より小さな島々で400人を超える障害児が確認されました。

子どものとき罹るのが当たり前だった時代、今の100倍の規模の流行が起きていて、大人もかかっていたのです。子どものときかかっておけば軽くすむというのはまちがいです。

沖縄での流行から約50年たった今でも、風疹で亡くなる子どもたちがいます。2013年を中心とした流行ではCRSの子が45人産まれ、そのうちの11人の命が失われました。

今年の流行でも残念ながら同じニュースを聞くことになるかもしれません。防ぐ方法が分かっていて、防ぐ道具もあるのに、防ぐことができなかった。これはもう完全に人災だと思います。流行を防げなかったことがとても悔しいです。

風疹で命を奪われた人たちの声は生きている人間には届きません。悲劇を繰り返さないためには、いま生きている人間が歴史を伝えるしかないのです。

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