それでも、風疹ワクチンのない時代に戻りたいですか?

感染研の9月11日付発表によると、2018年第1~35週(9月2日まで)で患者数が89人増加し、今年に入ってからの累積数は362人で、愛知県など西のほうにも拡がっています。第36週は明日発表されます。

1975年、1982年の風疹大流行のときには、先天性風疹症候群をおそれての中絶が約10,000例ありました。定期接種は1977年6月から女子中学生を対象に開始されたので、自然感染が中心の時代です。

図6 風疹によると推定される流産数(合計25,902人)

(画像の出典:加藤茂孝、2010年、モダンメディア56巻9号、第8回 「風疹」─母子感染による難聴の野球選手 (PDFファイル))

風疹ワクチンのない過去に戻りたいですか?私は絶対に嫌です。風疹の母子感染がこどもの人生に多大な影響を与えることを踏まえた上でワクチンの是非を考えてもらいたいなとは思います。軽く罹るから大丈夫と甘く見ないでほしいです。

東京オリンピックが開催された1964年、米軍統治下の沖縄で風疹が大流行し風疹障害児が400人以上生まれました。ベトナム戦争の前線基地となり、アメリカから風疹が輸入されたのです。風疹難聴児のために北城聾学校が設立され、球児達が甲子園を目指した実話は「遙かなる甲子園」というタイトルで漫画やドラマにもなりました。「基地さえなければ!」と憤り、アメリカ軍の士官に詰めよる風疹障害児たち。しかし、その米軍士官の子どもも風疹で耳がきこえないことが判明する、というストーリーもあります。

米国でも、1964年頃に風疹が大流行し、先天性風疹症候群のこどもが2万人生まれました。アガサ・クリスティーの「鏡は横にひび割れて」という小説はこのときの大流行を背景とした作品です。女優がファンの女性から風疹をうつされ子どもが障害を負ってしまったことが原因で、感染源となった女性に復讐をします。そのような悲しい結末も、実際に起こっていたのかもしれません。風疹にかかっていなければ、病気や障害を持って生まれずにすむわけですから。

国は、オリンピックの年に風疹を流行らせないために「早期に先天性風疹症候群の発生をなくすとともに、平成 32 年度までに風疹の 排除を達成すること」を目標とする指針を立てています。しかし、このままでは、再びオリンピックイヤーに風疹が流行するおそれがあります。

60年前の東京オリンピックの時代はワクチンがなく風疹の流行を防ぐことができませんでした。今はワクチンで流行を防ぐことができます。風疹でつらい思いをするお母さんやこどもを減らすことができます。2013年の大流行では、風疹症候群でうまれたこども45人のうち11人が亡くなりました。そのようなことが二度と起こらぬよう、未来の命を守るためにインフルエンザワクチンのついでに風疹ワクチンもぜひお願いします。

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