内海聡氏の『ワクチン不要論』がKindle Unlimited読み放題の対象になっていたので読んでみました。この本では「先天性風疹症候群の嘘」という章で風疹についての報道などをメディアプロパガンダとして疑うべしと主張し、「これほどいい加減な病名はない」としています。これがいかにナンセンスな主張なのか、ワクチンの真実を知っている人なら言うまでもありませんが…。
2004年の次の流行期が2012-13年なのは子どものあいだで集団免疫が形成されたから
基本的に全国の風疹流行は 1993年を最後に認められておらず、それとともに先天性風疹症候群の発生数も非常に少なくなっていました(何度も書いていますが、インフラ整備などが理由です)。
表では 2004年だけ 9人なのですが、私はこのデータは誘導があるのではと思っています。
(注:文中の「表」は感染研が公開しているCRS報告数の一覧のこと、9人ではなく10人が正しい。)
つまり、2004年のCRS報告が10人で、何らかの誘導ーすなわち隠された真実があると筆者は主張しています。その次の流行が原発事故のあとなので何かがおかしいと言いたいわけです。
確かに現時点で感染研ウェブサイト上の「風疹とは」のページにおいては全国的な流行は1992年までと記載されていますが、実際には1997年と2004年にも地域的な小流行が起きています。
2004年の流行は小児科定点報告による集計で、報告数は全国で4,239人(定点あたり1.4人)でした。流行地域は首都圏(最大は群馬、551人)と九州地方の一部(最大は福岡、331人)で、それぞれ約2,000人、約1,000人が報告されています。このときの流行規模は4万人と推定されています。
年齢層で見ると、小児科定点からの報告を中心に集計されているために、風疹患者と報告される人はほとんどが小児科を受診する子どもでした。それでも風疹にかかる人の年齢層が年を追うごとにだんだん上がっていって、小児科定点からの報告にもかかわらず、2004年には患者の1割が20歳以上だったということは指摘されていました。
2004年の流行を受けて対策がなされた結果、2005年には過去20年で最も少ない約900人にとどまり、2006年からはMRワクチンの2回接種が導入され、子どもたちのあいだでは集団免疫が形成されていきます。以降、麻疹や風疹にかかる人の年齢層が上がっていって麻疹や風疹は大人を中心に流行する病気へと変わっていきました。
2007年から2008年にかけては、大学生を中心に麻疹が流行し首都圏の大学で休校が相次ぎました。そして2012年には現在40〜50代にあたる男性を中心に風疹が流行し、2018-19年に再流行という経緯をたどってきています。
そういうわけで、原発事故後になぜか風疹が流行ったことになって、隠蔽する目的でCRSという病気をでっち上げたなんていう見方は誤りです。むしろ、風疹は子どもの病気ではなくて、今はむしろ大人がかかる病気だということが明らかになった考えるほうが合理的といえます。
風疹にかからなくても風疹の証明などしなくてもよい、は明白な誤り
しかしここで重要なのが、風疹にかからなくても風疹の証明などしなくても先天性風疹症候群だと病名をつけることができる点です。以下に詳しく説明します。
医学的に言えば抗原抗体反応を診て診断したふりをしている、ということになるのですが、症候群という病名は「この症状とあの症状がある」 =〇〇症候群とつけるだけなので、原因が風疹でなくても先天性風疹症候群と診断できるのです。
筆者はそもそも先天性風疹症候群はでたらめで風疹とは関係ないとしています。
これは明らかな誤りで、臨床症状が典型的で疑う場合であっても、検査診断により出生前に風疹に感染したことが証明されなければ先天性風疹症候群とは診断されませんこの症状とあの症状があるからといって診断されることはまずありえないです。
この診断基準は公開されておりネット検索をすれば、素人でさえもこの主張は間違いと分かるのですが、調べずに書いていたのなら問題ですし、あるいは間違いと分かっていてこのような主張をしているとしたら悪質です。
ちなみに、2004年の流行では10人だったのに、それよりも規模の小さい2013年の流行のほうがCRSとして報告された人数が多いのかというのには少し事情があります。
実は2004年当時、CRS診断基準が現行のものと異なっていました。難聴だけなど、症状が一つだけ出ていないようなケースで把握漏れが起きているのではないかという指摘がなされ、2006年よりCRSの届出基準が変更されました。
その結果、現在の診断基準では難聴だけであってもCRSと診断されるようになりました。実際に、2012-13年の流行で出生した45人のうち半数がCRSの三主徴の中の1つだけしか現れていなかったということが分かっています。CRSであることを早期に把握することで、小児科だけでなく眼科や耳鼻科でもフォローが行われ、早い段階での治療や療育につながるメリットがあります。
2012-13年の流行が放射能の影響だとすれば、CRSの報告は45人どころではすまない
先天性風疹症候群が増えている」というメディアプロパガンダを疑おう。症候群という病名はいくつかの症状をもってして名づけられるもので、これほどいい加減な病名はない。 2012年から急増しはじめた背景を、放射能の問題も加味して考えなければならない。
筆者は最後にこの章をこのようにまとめているわけですが、何がなんでも放射能問題と結びつけたいという思惑が見て取れます。
私は1989年生まれで1987-88年の流行期に生まれた世代にあたります。このときは今よりもはるかに規模の大きい流行が起きていて、CRSの子どももたくさん生まれています。流行の前年にはチェルノブイリ原発事故が発生しているわけですが、この事故は日本から数千キロ離れた場所で起きています。
2011年の事故は日本国内で起きたわけで、もし関連があるとすれば45人程度では済むはずがないですし、政府が隠蔽をはかったとしても全国にいる医師の口は塞げないであろうと思います。
2013年流行当時、過去最大の流行、風疹が大流行中などと繰り返し報道されていたので突然増えたような印象を受けた方もいるかもしれませんが、それは全く違います。
1960年代に米国で風疹が大流行し、1億2500万人が罹患し2万人の赤ちゃんが先天性風疹症候群で生まれました。当時、米国では妊娠中絶が違法だったため、大きな論争が巻き起こり、1973年には米国の最高裁判所が米国憲法において中絶をする権利が保障されているとの判断を下すまでになります。
この流行は沖縄の米軍基地にもおよび、当時米国統治下にあった沖縄で、400人を超えるCRS児が確認されました。
このように、社会的に大きなインパクトがもたらされたことがきっかけでワクチンが開発され、アメリカでは1969年から使われ始めました。その後、日本でも1976年から女子中学生への接種が開始されています。(このとき日本ではアメリカ方針ではなく、イギリス方式を採用したため、現在の40-50代男性を中心とした流行へとつながっています。)
ワクチンが導入されて以後、流行規模が小さくなっていき、今は1万人でも大流行と表現されるようになったということであって何者かの思惑で突然流行が起きたわけではないのです。
ごく一部の医師だけが主張している極論よりも、大多数の医師が認めるベストプラクティスを選ぼう。
このような「権力者が隠蔽したがっている真実に自分一人だけが気づいた。証明はできないがあるはずだ」という主張は、明らかな誤りを含むものであったとしても、ある層には真実として受け止められ善意によって拡散されていきます。さらに、こういった情報を入り口にしてワクチンや感染症について勉強して、何もかも信じられなくなってしまう人もいるようです。
科学の世界は数字や統計を見てばかりで冷たいと思うかもしれません。それは違います。ある主張がなされると、他の人がそれを検証してどんどんアップデートされていくのです。ある物質が試験管レベルで効果がありそうだと分かったとしても、あるいは動物実験で効果が見られたとしても、その後の検証過程で生き残るのはほんのわずか。汗と涙の世界なのです。
自分は他の人と同じは嫌だ、他の人と違うことをしたいという人もいるかもしれません。標準ではなく、スペシャルな方法を試したい、と。しかしある一人の医師が主張する極論よりも、科学の世界での検証に耐え、大多数の医師がお勧めする現時点でベストなやり方のほうが最短距離でゴールにたどり着ける可能性が高いのです。標準療法はむしろ「最善療法」とか「最適療法」というほうが適切かもしれません。
もちろんワクチンにもリスクは存在するわけですが、リスクがそのまま放置されることはなく、より安全なワクチンを作る努力が重ねられていますし、ワクチンの予防効果そのものも検証され続けています。
数々の検証が重ねられている中で、現時点での最善は「風疹を防ぐ最善の方法はワクチン接種し、集団免疫を形成すること」であり、そこから導き出される私たちがとるべき選択肢は「風疹ワクチン(MRワクチン)を打つことで、自分と周りの人を守る」なのです。
参考文献
- 風疹とは. 国立感染症研究所感染症疫学センター. 2013年5月7日改訂版.
- 第48号ダイジェスト 2004年第48週(11月22~28日). IDWR 感染症発生動向調査, 国立感染症研究所感染症情報センター. 2004年12月13日.
- 2012~2014年に出生した先天性風疹症候群45例のフォローアップ調査結果報告. IASR 病原微生物検出情報, 2018年3月20日.