「ワクチンを打つ」リスクと「病気にかかる」リスクのはなし。

風疹だけでなく麻疹も流行中

ここ最近、風疹だけでなく麻疹の流行も起きています。三重県の宗教団体の研修会で10代~20代の若者24名が集団で麻疹に感染し、その後、あべのハルカスや大阪府済生会茨木病院でも集団感染が発生しています。

麻疹は空気感染のため、その人と同じ空間を共有しただけでうつってしまう可能性があります。患者さんが一人発生したと確認がとれた時点で、もう感染が拡がっている可能性があります。

麻疹それ自体が肺炎や脳炎のリスクを持ち、乳幼児期に感染した数年あとにSSPEという重篤な後遺症を引き起こすこともあります。妊婦さんが麻疹にかかると、免疫能が低下しているため重症化しやすいことや子宮収縮での流産や早産が多いことも知られています。

麻疹も風疹と同様に、流行をなくさなければいけない病気なのです。

不安を利用する「反ワクチン」ビジネス

さて、三重の宗教団体は、病気は手かざしによって治せると信じる宗教団体で、当然ワクチンを打っていない信者が多かったようです。今回麻疹にかかった信者の方も、ここまでまわりに迷惑をかけることになるとは考えていなかったのではないかと思います。

確かに、ワクチンにもリスクはあります。インフルワクチンを打てば腕が熱くなってパンパンに腫れる人もいるでしょう。打った晩に38度の熱が出ることもあります。

医療の専門家からみればそれは入院するほどでもない軽症なのですが、わたしたち一般人にとっては、ワクチンを打った部分が熱を持って腫れているとか、そんな小さなことであっても不安にかられてしまうのです。

不安な気持ちでツイッターやインスタグラムで検索して辿りつくのが「ワクチンは危険」とするさまざまな主張です。そのようなツイッターやインスタグラムに載っている情報はうのみにしてはいけません

製薬会社が儲けるためにわざわざ病気をつくりワクチンを売っているとか、ワクチンの成分に含まれている水銀は自閉症との関連があるとか、発熱や発疹は体の中に毒が溜まっている証拠だとか、バリエーションはさまざま。

彼らはあなたが感じた不安に共感してくれることでしょう。ワクチンについて一生懸命勉強して善意で拡げたいと考えている方もいます。しかし、その大元をたどっていくと、高額セミナー商法をやっていたり、サプリや健康器具をセットで売り込んでいたり、さまざまな手法であなたを「反ワクチン」ビジネスに取り込もうとしている人がいるのです

残念ながら、医師や看護師の肩書きを持っている方が反ワクチン商法に手を染めてしまう例も見受けられます。あるいは医療関係の資格を持っていないのに自分で「健康アドバイザー」「自然療法家」を名乗り、ワクチンを打たないことを勧める人もいます。

ワクチンについてよく勉強することそれ自体はよいことなのですが、その入り口を間違えると自分やこどもが病気のリスクにさらされてしまうこともあるのです。「なんとなく不安で・・・」というときにはネットに頼らずに小児科の先生など身近な専門家に相談するのがベストです。

感染症で人は死ぬ、というシンプルな事実

ここで忘れないでいただきたいのは、ワクチンを打たないということは、病気にかかるリスクにさらされるというシンプルな事実です。「麻疹や風疹なんかでは簡単に死なない」「治療を受ければ問題ない」本当にそうでしょうか?

お祖父さんお祖母さんの時代は、感染症で命を失う人がいるのは当たり前のことでした。私の曾祖父は幼いこどもを残して結核で亡くなり、祖母はお父さんに会いたいとずっと言い続けています。

祖父も南方のニューギニアでマラリアにかかり終戦後も苦しみましたし、北支に行った祖父は、シベリアで赤痢にかかり何人もの戦友が命を落とすのを見ています。

昔は、麻疹や風疹はこどもが当たり前のようにかかっていて、寝ていれば治るものだという人もいます。その話には続きがあることを忘れないでください。治らず亡くなったり後遺症を負ったこどもたちもいたということを

旧ソ連からワクチンを緊急輸入した「ポリオ」

戦争が終わったあとの1960年、北海道を中心に5,000人以上のポリオ患者が発生し、カナダやソ連からワクチンを緊急輸入しました。冷戦危機の時代にもかかわらず、ソ連からワクチンを輸入することになったのはなぜでしょうか?

当時は、今のようにすぐに人工呼吸器をつけることはできませんでした。「鉄の肺」といわれるもので体ごと機械の中に入れるのです。1961年に政府とアメリカ大使館の援助で緊急輸入され、小児まひの子どもの命が救われました。

ポリオに罹ったら、鉄の肺に一生入るか、それとも……。そんな選択を突き付けられる時代だったのです。

緊急輸入されたワクチンは1,300万人の小児に一斉に投与され、その3年後にはポリオの患者数が100人を下回りました

国での風疹大流行の翌年に沖縄に持ち込まれた「風疹」

風疹も、アメリカで大流行が起こり大きな社会問題が巻き起こりました。1,250万人の風疹患者が発生し、2万人のCRSの赤ちゃんが生まれ、2,100人の新生児死亡、11,000件の中絶(自然流産および人工中絶)があったといわれています。

その翌年、米軍統治下の沖縄で基地を介してウイルスが持ち込まれ風疹大流行が起こり、CRS児が400人が確認されています。

当時の沖縄は、本土からの渡航が制限されており、人の行き来は少ない状況でした。新幹線や飛行機で北から南まで人が頻繁に往来する現在だったら、どうなっていたでしょうか?昨年、沖縄に麻疹が輸入され、本土に飛び火したことを思えばどうなるかは明白です。

アメリカでは、1969年から風疹ワクチンが導入され、2004年には流行をなくすことに成功しています。アメリカが風疹の排除宣言を行った年、日本では数万人規模の流行が起き、約15年経った今でも流行を止めることができていません

「病気にかかるリスク」を忘れないで。

感染症の恐怖はすぐに忘れ去られてしまいます。2013年に起きた風疹流行でもCRSの赤ちゃんが45人生まれましたが「全国でたったの45人でしょう?」と思われてしまいました。

2018年からの再流行は、たかが45人という認識のもとに不十分な対策が行われてしまったのではないでしょうか。

昔は風疹が今とは比べものにはならない規模で流行していて、この病気でくるしむこどもも多かったというのに。

ワクチンでの予防には「ワクチンを打つ」を上回るメリットがあります「病気にかからない、かかったとしても、重症化をふせぐことができる」そして、「後遺症を負ったり死んだりせずににすむ」のです。

「ノーワクチン」の選択は、病気にかかるリスクを受け入れるということ、もしかしたら、身近な人が私のように先天性風疹症候群で生まれることになるかもしれないということを、ここで踏みとどまって想像していただけたらなぁと思うのです。

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