四半世紀の想い出 Part3 – 先天性風疹症候群とわかったときのこと –

四半世紀の想い出 30年前に先天性風疹症候群で生まれたわたしのこと。

風疹になっていなければ手術を4回も受けずに済んだのに

2013年の白内障オペ、手術直後の写真。

先天性白内障の手術は2段階あり、赤ちゃんの時に水晶体を取り出す手術をしたあと大きくなってから眼内レンズを挿入する手術を受けます。その2段階目の手術を受けたのが、ちょうど風疹が大流行していた2013年のことでした。レンズがずれて再手術になり少し大変な思いをしましたが、めがねや補聴器がなくても周囲とコミュニケーションをとれるようになりました。

この頃に、風疹症候群の子をもつお母さんや風疹症候群で生まれたサバイバーの方と出会いました。小学生のころに「遙かなる甲子園」のドラマを見たことがあり、過去に風疹が流行っていたことは知っていましたが、今でも流行っていることは知らず知りショックを受けました。風疹や先天性風疹症候群のことを知ってもらおうとウェブサイトで情報発信をはじめました。

社会人となった2016年には、緑内障の手術を受けました。 安全を優先するため通常の手術ではなくチューブシャント術を受けることになりました。バルベルトというシャント器具を目の中に埋めこんで眼圧を下げる手術です。異物を入れるわけですから痛みも強く二度とやりたくないと感じるものでした。

白内障の手術、緑内障の手術、どちらも風疹にかかっていなければ、やらずに済んだのにと思います。

「できないこと」ではなく「できること」に目を向ける。

沖縄旅行の写真。池間島のハート岩と砂浜で見つけたハート型の石のツーショット。

2016年から社会人になりました。社会人になってからの最初の壁は、学生時代あまり意識していなかった目の病気でした。一日中コンピューターを使うのでひどい眼精疲労に悩まされました。

短時間勤務からスタートして、大きいディスプレイを貸与してもらったり、作業を少しでも効率化するために工夫を積み重ねて疲れにくい環境を作っり、最終的にはフルタイムへ移行できました。「なんだ、やればできるじゃん」と自信がつきました。

仕事で一番大変だなと思うことは会議です。聴覚障害をもつ人に仕事で困っていることは?とアンケートをとるとトップが会議、それくらい会議は大変です。

大きな会議では音声認識ソフトを使いますし、小規模な会議ではリアルタイムで議事録を作成して、そのまま会議の議事録に転用したり、同僚とも相談して会議の内容がわかるように工夫をしています。

話している人の口を見て、耳で聞いて、とにかく全神経を張り詰めているので、会議は非常に疲れますし、ランチタイムで部署のみなさんと話すのも騒音がひどく分からないことだらけなのですが、フェイス to フェイスのコミュニケーションが大切と感じているので積極的に参加するようにしています。

障害のためにできないことがあり、聞こえる耳があったらできたのにと悔しい思いをすることも、学生のころに比べると増えました。できることは自分でやりたいけど、できないことはどうしようもないので、そのぶんは、誰かができないこと、苦手なことを自分がカバーしてチームに貢献することを意識しています。

「できないこと」ではなく「できる」ことに目を向けることを社会人になって学びました。仕事で大きなミスをして叱られ落ち込むこともありますが、障害のあるなし関係なく誰もが得意分野や不得意分野を持っていて、それをお互い支えあってひとつのチームになる、そこで自分ができることって意外とたくさんあるんじゃないか?というのが実感です。